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2018.10.28

国籍やルーツ、目指す音楽性など複雑さやジレンマとともに生きてきました。 でもそういう私だからこそいずれ異文化同士をつなぐ架け橋になれると信じているんです。【ギラ・ジルカ】

 

M3! アーティスト・インタビュー

Geila Zilkha  ( ギラ・ジルカ )

( JAZZ/SOUL/Contemporary )

 

日本人離れしたダイナミックなパフォーマンスとは裏腹に、お話する姿は驚くほど奥ゆかしく日本人的なギラさん。母なる大地のような力強さと、儚げで繊細なハートが絶妙に同居します。
3時間にわたるロングインタビューを終えたばかりなのに、またすぐに会いたいと思わせる不思議な魅力はどこからくるのか…?
その答えは、ギラさんが歩んできたこれまでのストーリーの中にありました。

 

 

家庭環境や生い立ちは、ギラさんの音楽に影響していますか?
神戸は比較的外国人の多い土地でしたが、私が生まれた昭和40年代は、いわゆるハーフの人たちが「差別」と「羨望」の狭間で微妙な扱いを受けていた時代。父と母が結婚した昭和30年代にさかのぼれば、国際結婚はまだ珍しく世間の風当たりはキツかったと聞いています。とくに私のイスラエル人の父は彫りが深く肌は褐色。ジプシー系イケメンでしたけどね(笑)。白人の方とはまた違う見られ方をしてたと思います。当時外国人という理由で銀行からお金を借りる事はかなり難しかったため、父は必死で働き家の頭金を用意しました。そして家を建てる際、外国人同士のつながりから当時神戸で信頼を得ていたイギリス人設計士に依頼した我が家は、周囲の日本家屋とは明らかに違う佇まい。周りの方たちには少し特別に見えたと思います。だから時々心ない言葉を浴びせる隣人もいて、両親は私たちを守るために高いコンクリート塀で家を囲い、その中で遊ぶことが多かったです。それぞれの部屋で、父はアラビア音楽やサミー・デイビスを爆音で聴き、舞台女優だった母はシャンソンを、6歳年上の兄はノージャンルでしたがカシオペアなどを聴いていましたね。そんな経歴は、私の人間性にも音楽にも影響していると思います。

 

バークリー音楽大学留学中に専攻を変えた理由は?
3歳からクラシックバレエを習っていました。でも9歳のときに脊椎側湾症という病気のせいで辞めざるをえなくなりました。一切のスポーツができなくなりましたが、むしろ前から興味のあったサックスを始められることが嬉しかったです。高校ではファーストチェアを務め、順調にプレイヤーとしての道を歩いていました。ところが高校卒業後、ボストンのバークリー音楽大学に留学すると、世界中から集まったトップクラスの学生たちの中でまさかの1番下に! それまでは楽譜を「読めば」よかったけれど、一流になるためには何時間も独りで籠って練習し、感情と指が繋がるまで「楽器をみがく」必要がありました。もうそこからはオタクじゃなきゃできない世界(笑)。それまでイジメや入院などで独りの時間が多かったせいか、私はバンドでみんなと一緒に音楽をやりたかったんです。気持ちがハッキリしたときに専攻をヴォーカルに変えました。大学2年生でした。

 

帰国後、やりたい音楽ができない歯がゆさがあったそうですね。
日本はちょうどバブルが崩壊した頃。ジャズというと夜の店でロングドレスを着て歌う水商売的なイメージで、まずそこに違和感をおぼえました。ジャズは本来もっと楽しい雰囲気のものでしょ? と既存のイメージを覆したくて、レギンス(当時はスパッツ!)&ジャケットのスタイルを貫きました。さらに私は時代を先取りし過ぎてしまうところがあり、やりたい音楽に対するジャンル名がなかったんです。ヒップホップのリズムにジャズを乗せたいなと思っても、呼び名がないので分かる人もいない。’91頃にはアシッド・ジャズという言葉が登場し、それが近かったのかもしれません。

 

子育てと歌の両立は大変だったのでは?
そうですね、子どもがいると週末しか仕事を入れられなかったり、夜遅くまでのライブの日は子どもを誰かに預けなければなりませんでした。でも信頼できる友人知人に恵まれ、息子が6歳の頃にツアーに出たこともあります。つねに誰かしら力を貸してくれる友人がいましたし、保育園時代の先生にはその後もずっとお世話になり、引き取りが深夜になると、息子を起こすのがかわいそうだからと朝までそのままにしてくれた上、翌日学校まで送ってくれることもありました。それもこれも、人を癒す力があり大人が会いたくなるような不思議な魅力を持っていた息子のおかげだと感謝しています。

 

これからはどのようなことを実現させていきたいですか?
メイドインジャパンのアーティストになりたいと頑張ってきたけれど、そのためには外に出る必要があります。ヨーロッパは芸術や文化に対する成熟度が高く、良いと思うものに対しては宗教や人種に関係なく、惜しみない拍手を送ります。つまり一人のシンガーとして認めてもらえる場所なので、いつかフランスやイタリアのジャズフェスなどで日本人代表として歌いたいです。国内ならジャズ界の紅白ともいえるブルーノートでライブをしたいですね。そして私のように複雑さを抱えてきたシンガーだからこそ、いつか世界と日本、ジャズとジャズ以外の音楽の橋渡しができると信じています。

 

11/29 Solo-duo新譜発売記念ライブがありますね♪
誰かに紹介されたわけでもなく、偶然から知り合った矢幅歩と私。たまたま居合わせたライブハウスで「せっかくだから一緒に歌おう」と意気投合したとき、お互いに同じマイクを愛用し、同じサウンドセッティングだったことにも驚きました。そんなことからも偶然は必然だったのかも? と運命を感じます。これまでライブでやったことのない曲や、新しい曲ばかりの盛り沢山な内容なので、ぜひ遊びにきてください。(取材・文 花摘マリ @自由が丘 VOCAL SCHOOL DADA)

 

 

Artist profile
‘91ボストンのバークリー音楽大学卒業。神戸に戻りタレント、歌手として自身のキャリアを広げていくことを望んでいた矢先95年阪神淡路大震災に見舞われ仕事の活動の場を東京に。CM 歌唱やラジオDJ を務めていた。近年のCM 歌唱の代表作としては、スバル・レヴォーグの「Long Train Runnin’」ユニクロ、マツダがあり、中でも「Fly Me To The Moon」を歌った全日空のCMは問い合わせが殺到し大変な話題となった。‘08年からは男性Vo矢幅歩とのユニットSOLO-DUOを結成。アルバム2枚を発売。自身のソロアルバムは「all Me」「appearance」「Day Dreaming」がある。又‘15年にプロジェクトGZ&SUPER SOUL JAZZでCD&DVDを発表。‘16年、昭和の名曲をジャズにRe-STYLEをテーマに「ギラ山ジル子PROJECT」アルバムOne&Two2枚の作品を発表。

 

http://www.geilajazz.com/
https://www.facebook.com/gzjazz/
https://www.instagram.com/geilazilkha/?hl=ja
https://twitter.com/geilalala

ライブ情報

ギラ・ジルカ&SUPER SOUL JAZZ
横浜PARADISE CAFE
11/1(Thu) Open/18:30 start/19:30
予約¥4,000 当日¥4,500

 

ギラ山ジル子PROJECT Duo
吉祥寺 STRINGS
11/2(Fri) Open/18:30 start/19:30
¥3,500円

 

FUNK NIGHT 2
渋谷 JZ Brat
11/6(Tue) Open/17:30 start/19:30
予約¥5,500 当日¥6,000

 

SOLO-DUO“Twelve Letters”発売記念ライブ
天王洲アイル KIWA
11/29(Thu) Open/18:45 start/19:30
予約¥4,500 当日¥5,000

 

詳細はギラ・ジルカHPのライブスケジュールでご確認ください。

CD情報


SOLO-DUO ¥3,240
タイトル:Twelve Letters 発売元:Fair Play Records

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